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「美味しい」ものがたべたくて
私が食の活動をしている理由はいくつかありますが、一番はなんといっても「美味しいものが食べたい。」これに尽きます。
「美味しい」と言っても人によってその定義は違うと思いますので、私なりの「美味しい」って何かをまとめてみました。
「美味しい」の定義
- 丁寧に栽培されている。
- 旬のもの(季節によって適した時期に採れるもの)
- 味付けがシンプルでも素材の味で勝負できるもの(⇔対局として、粗悪な素材を添加物等で胡麻化したもの)
- 調理技術を駆使したもの
- 作り手の顔が見え愛情を感じるもの
シンプルで、新鮮で、自然で、作り手と食べ手がつながっている、そんなイメージです。
昨今、私たちを取り巻く食環境は利便性、経済性を追求した結果、上記のものとは違う「つくられた美味しさ」の進化を遂げていると思います。
「つくられた美味しさ」とは、例えばこういうものです。
☑100%果汁ジュース
外国で大量生産された果実を輸入する際にいったん濃縮果汁とする。その後水で薄めて元の濃度に戻すが、とんでしまった香気成分は「香料」を添加して補う。酸化防止にはビタミンCを添加する。
☑だし入り味噌
安い外国産の大豆(ポストハーベスト:農薬散布)を使用、麹用の米も同様に外国産、2~3週間という短い発酵期間(伝統的な方法は1年)を経て完成した味噌は味の完成度も低く、それを補うため化学調味料(アミノ酸)を加え、さも付加価値のように「だし入り」と表記する。
☑塩のり
海苔は素材の味が分かりやすい。安くて粗悪なものは味も劣るので、塩だけでは美味しくない。
調味料(アミノ酸等)で味を付加している商品が驚くほど多い。(塩だけのしおのりを見つける方が難しい)
添加物(調味料)は悪か?
化学調味料は、美味しいです。うま味成分ですから。
最近の化学調味料は本当によくできていて、プロもうなるほどです。
私が食品会社で開発業務をしていた時、たくさんの添加物業者が出入りしていました。
営業マンによると、実際外食産業の多くの店がゼロから作ってはいないそうです。何時間もかけて骨から煮だすブロスも魔法の粉を溶かすだけで一瞬でできてしまって、そこそこ美味しいわけです。
そんな便利な魔法の粉が悪とまでは言いません。
しかし、添加物で育った子どもたちのスタンダードは添加物となり、本物も知らないままそれが当たり前になってしまうことは、本来の食の起源となった生きものとのつながりが切れ、いのちへの敬意も薄れていくことでしょう。
食のデジタル化、「いのちを頂く」から遠ざかる食環境
食材を集め、ゼロからコトコト料理するのに対して、そのようなステップを短縮できるようにたくさんの添加物が加ります。作業場もキッチンから量産できる工場へと機械化され、「食のデジタル化」といっても過言ではないでしょう。
私たちはかつて、魚や動物を絞めいのちを頂き食べるものを調達していました。
それがいつの間にか絞めることが身近でなくなり、「いのちを頂いている」という実感が薄れているように思います。
私たちは、もっと「食べ物=いのちの尊さ」を実感して食べるべきだと思いますが、もはやそのことが分からないくらい食環境は変化してしまっていると思います。
だから私の使命はそんな食の原点を伝えていくことだと自負しています。
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